「SHIPPAI.JP」ではみんなの失敗談を共有して、たくさんの学びや共感をお届けするブログで、日々たくさんの人の失敗談を投稿しています。
こんにちは
遊び過ぎて夢から遠ざかったの失敗談です
遊び過ぎて夢から遠ざかった失敗談
中学生の頃から美大に行く夢と英語の勉強が好きで、高校受験では英語に力を入れている高校に入りました。
高校生の時から英語のグラマー2種類の授業と英会話の授業がある学校で、偶然自分の好きだった英語漬けの勉強が出来ました。
さらにこの学校は美術部があり色々な賞を取ったらという強豪校で、美大に行った先輩が沢山おり、美術受験の特別コースがありました。
一浪したが希望の美大に入れた
一年浪人したのですが、予備校に行き希望していた美大に入れました。
受験は大好きない英語の試験と国語と小論文と実技で、英語はもちろん国語も好きで小論文まで好きで、好きなものしかないのに受からない訳がない!
とかずうずうしい事を考えていました。
トントン拍子で叶った
ここまでは夢がずーっと全てトントン拍子で叶ったのです。
一度全ての大学に落ちたのは失敗談というか軽めの挫折でしたが、予備校も新しい友達が出来ましたし、いまでも連絡をとったりしています。
そのまま美大生活をしていましてが、高校くらいから美大以外に、英会話が好きだったので、美大をうけるか、高校の上の付属大学に英文科と国際学部があったので、英語系の大学にも興味がありました。
イギリス人の友達もできた
まぁしかし美術の方が好きだったので美大を受けたのですが、英語は英会話学校に行って、今度はイギリスの美大に行きたいなと思い始めて、イギリスのデザインの本を観たり、英会話を勉強したり、イギリスに遊びに行ったり、どんどんイギリスかぶれになり、偶然仲良くなったイギリス人の友達が出来ました。
今でも連絡をとっています!
留学したいとは口が裂けても親に言えない
ますますイギリス留学!と考えましたが、親に美大のお金を出してもらい、学費が普通大学の2倍くらいするので、留学したいなど口が裂けても言えません。
高校時代の同級生やクラスメイトは高校時代に留学したりして、自分の力だとまだ留学は出来なかったでしょうが、美大時代には英会話が出来たのですが夢がそこで叶わなかった、大きな失敗といいますか、イギリスの美大に興味を持ったのですが、大学生になると、夜遊びを覚えて、渋谷のクラブとかに遊びに行きました。
留学の文字が遠ざかってしまった
遊んではいましたが、そこにはイギリス人が沢山いて、日本にいながらにしてイギリス人の友達が沢山出来ました。
自分のふんわりとした計画では、仕事をしてお金を貯めて、英会話学校に通って、数年後にイギリス留学!と考えていました。
大失敗はここで起こったんですが、遊びに夢中になって、留学という文字が遠ざかっていってしまいました。
既に30代になりワーキングホリデーも使えない
留学出来なかった失敗は、遊びすぎと、イギリス人の友達と沢山仲良くなれたので、勉強という意味での留学失敗ということでした。
どうしたら留学出来るかすらわからず、既に30代になり、後から知ったワーキングホリデーの限度の年齢が29歳までで、気がついた時には留学もワーキングホリデーも無理でした。
遊びまわってしまったのが第一の敗因ですが、それはそれとした別の楽しいひと時で、失敗はしたもののデザイナーになりイギリスとも強いコネクションが出来た訳です。
失敗と言われるが日本でも色々な経験が出来た
そのため大失敗とは思いましたが、留学では得られなかったであろう、日本での経験と、英会話も条達したので、今度は少し軌道修正をして、イギリスで働いてみたい!とまたまたふんわりと系の夢が浮かび上がってきました。
そして今回は抜かりなく、イギリス系の英会話を勉強して、デザインと映像制作の仕事をしながら頑張りました。
そうしたら偶然ですが、映像の仕事をしたいた会社にいらっしゃっていた外部の音楽家の方と知り合いまして、またまたイギリス人のアーティストの方々をイギリスから読んで日本で音楽のイベントをやっていて、そこでイギリスとの繋がりが確固たるものとなり、その音楽イベントの延長でイギリスで映像の仕事をする事が出来たのです!
まとめ
何度も何度も何度も失敗の連続だった私の人生でして、失敗談だらけではありましたが、夢だけは忘れずにおい続けていたので、貴重な失敗と貴重な成功を繰り返し繰り返し体験出来ました。
失敗しても諦めずに、自分の夢と目標を持って謙虚に頑張れば神様がどこかで見ていてくださって、手助けをきてくれた様です。
失敗をしたから、更に頑張れたという思いが毎回毎回思わされる事となり、夢とは少しはズレたりはしましたが、失敗あり成功ありの充実した人生を送ってきています。